ハヤカワ文庫 浅倉久志・訳 1986年
異星人とのファースト・コンタクトを描いた
ものらしく、その通訳している文章が特徴的
である。実際の世界での異星人とのコンタク
トは無理らしい。地球のような星に行くには
凄い時間がかかってしまい、人間では無理ら
しい。だから、AIのようなロボットに託して
行ってもらうのがいいと思う。YMOをかけて
読んだが、なんとも未来的な感じ(古い?)
に読めて、面白かった。まあ、正直、よく
判らなかった。判ったのは、そうだな、二割
くらいのものだな。その世界観は楽しめたの
で、それで良しとしよう。
(読了日 2025年8・5(火)0:40)
【付録。雑記】
読書と云うと、楽しくないんじゃないか、と
思うひともいるかもしれないが、読書は凄い
楽しい行為だと思う。こんなに楽しいのに、
六割以上のひとがしていないなんて、ちょっ
ともったいない。六割のひとが何でしていな
いかと云うと、読むと眠くなってしまう、と
か、目が疲れるとかいう理由らしい。
まあ、読まないなら、それはそれでいいと思
う。そのひとはそういう人生だったんだから、
ぼくがどうこう云うことじゃないと思う。
読む人は読むし、読まない人生は読まない
人生でそれはそれで存在するのだろうね。
僕は読まずに死にたくはない。読みたい本は
必ず死ぬまでに読み尽くしたい。あと、何冊
読めるのか判らないが、数千冊か、数十冊か、
それは未知数だが、死ぬまで、と云うか、
躰の続く限り読みたいと願っている。そうい
う人生でありたい。音楽も、プリンスは残らず
聴き続けたい。ヒップホップだって、もっと
ディグっていきたいし、耳は老齢で直ぐ痛くな
ってしまうので、そんなに聞けないと思うが。
TV番組も、ぼくはHDDを四台持っているのだが、
二千五百本くらい視ていない番組があるのだが、
それも逐次視ていきたい。時間が、足りなくて、
これで、バイトをしたら、本当に時間のやり繰り
が大変だ。それでも、カフェでの仕事もあるので、
それはそれで、忙しい。人間百年時代と云われる
けど、本当にあと、五十年くらいも地球があると
は到底思われない。あと、もって十年とか? そ
れじゃあ、今、生まれてくる子供が可哀そうか?
でも、実際そんなもんだろうと思わざるを得ない。
なんか、悲観的になってきてしまうが、今を精一杯
全力で生きていきたい。楽しむことも大切だが、
それだけじゃない、切実な時間の過ごし方もあ
るはずだ。
辛い時が楽しかった的な? そんな生き方も素敵
だな、と思うのだ。
おっとおっと、また、長くなってしまった。
じゃあ、みゃた。