集英社文庫 1974年
こんな巧みな短編はなかなか読む事は
叶うまい、と思っていたら、芥川賞を
受賞していた。さすがだ。文学的表現
が散りばめられていて、美しい詩的情景
が目の裏に浮かんでは、消えていく。
ここまで完成された作品を手書きで
書くと云うのは、ぼくからしたら
奇跡としか思えない。その柔らかな
手触りと、しっとりと包み込まれるような
文章。ぼくは令子という妻が出て行って
しまう予感に包まれるのを、彼の良心の
叫びのように感じた。李という女性に浮気心
を起こしたことを気にする余り、心に罅が
入ってしまったのだ。確かに、三年間ほどの間
彼は令子をあからさまには愛してはいなかった
のかもしれない。それでも、尽くしてくれた
妻に対して、誠実でいようという気持ちは
棄てずにいたのだろう。昔の男の頑なな心が
李という女性によって、スキが出来てしまった。
一文一文に魂が籠もっていて、これぞ芥川賞
だろう、と思ったのだった。
(読了日 2026年4・25(土)9:15)
(文學こそ、面白いと信じる
鶴くん)