古民家ギャラリーうした+古本カフェ便り

読書ブログなど、自分の興味のあることを書いていきたい。

文學的美の漂う作品に触れて:あの夕陽 日野啓三

集英社文庫 1974年

 

こんな巧みな短編はなかなか読む事は

叶うまい、と思っていたら、芥川賞を

受賞していた。さすがだ。文学的表現

が散りばめられていて、美しい詩的情景

が目の裏に浮かんでは、消えていく。

ここまで完成された作品を手書きで

書くと云うのは、ぼくからしたら

奇跡としか思えない。その柔らかな

手触りと、しっとりと包み込まれるような

文章。ぼくは令子という妻が出て行って

しまう予感に包まれるのを、彼の良心の

叫びのように感じた。李という女性に浮気心

を起こしたことを気にする余り、心に罅が

入ってしまったのだ。確かに、三年間ほどの間

彼は令子をあからさまには愛してはいなかった

のかもしれない。それでも、尽くしてくれた

妻に対して、誠実でいようという気持ちは

棄てずにいたのだろう。昔の男の頑なな心が

李という女性によって、スキが出来てしまった。

一文一文に魂が籠もっていて、これぞ芥川賞

だろう、と思ったのだった。

 

(読了日 2026年4・25(土)9:15)

  (文學こそ、面白いと信じる

              鶴くん)

 

だめな人の書評を修行中の人間が読んでみるのであった。:狂書目録 征木高司

筑摩房 1983年

 

征木氏の本は、他に、「恋する天体」と云うのが

あるきりらしい。本書を読むと、どうやら椎名

誠氏の一派に属するらしい。酒とタバコをこよ

なく愛し、ひと言でいうと、だめ人間的な生活

を送っていらっしゃる。ネットでも、生死その

他、情報はあがっていない。

昭和ケーハク体を気取っているところといい、

読書スピードといい、ただ者ではないとは

思うのだが。「BRUTUS」誌に好評連載されていた

ものをまとめて本にしたという事だ。500冊余

を読破したとあるが、一冊をコーヒー三杯とか

数時間で読み終えてしまうのだ。ハルキストでも

あるらしく、「羊をめぐる冒険」をすごく褒めて

いる。でも、酒の飲みすぎでしょ。膵臓やられて、

恐らくRIP。

 

(読了日 2026年4・24(金)12:55)

  (一度、挫折したけど、まあまあ面白かった

              と思った鶴くん)

勉強とは、知識の冒険である。:東大生はバカになったか 知的亡国論+現代教養論 立花隆

文春文庫 2001年

 

この本で、メーンに語られているのは、

教養とは一体なんぞや、と云う問題で

要するに、東大生から教養と云うものが

失われ、それは引いては教育制度とか、

受験制度に問題があり、それらに、言及

する事にもなっていく。それは、日本国家

の形成の上で、とても影響を及ぼしていて

これから先の日本が思いやられる、やれやれ、

と云った感じに立花氏は思っておいでになった

ようだ。この本は、二十五年前の本で、

東大生が今、どのような状態なのか、ぼくには

知るよしもない。立花氏から見て、バカなので

あって、国民の半数以上の人から見たら、とても

頭の出来はいいという事になるのではないだろうか。

それでも、勉強は出来るかもしれないが、常識

程度の問題には疎いというのは、本当のようで

ぼくも、えっ、そんなこともしらないんかい、

と思うようなことがあるみたいだ。

ぼくは、学生の頃は勉強が嫌いで、中学の

時も、パソコンでゲームばかりしていたのだが、

まあ、成績は中の上、上の下程度といったところ。

県立の高校に入って、そこでも、あんまり成績

は芳しくなく、勉強嫌いは治らず、狂気の淵を

彷徨していたのであった。卒業はしたが、大学

には進まなかった。色々事情があり、うやむや

になってしまった学生生活だった。きっと、

学校と云うシステムそのものが本質的に

あまり好きではないのだろう。立花氏も

自分で勉強し、留年した、と語っている。

ぼくは、今は、毎日自分で一日中、勉強し

ている。そういう事が許される環境にある

事にも感謝している。勉強は、何歳になっても

出来るし、やっていった方が絶対に自分の為に

なる。総合知である、文学者を目指す以上

全ての物事を知っておかなくてはならない、

と云う気が凄くしている。学生の頃よりも

ずっと、勉強しているので、もっと、学生の

頃も勉強しておけばよかったなあ、と

いささか後悔して、思っている。

 

(読了日 2026年4・21(火)2:27)

 (知力の点から云えば、十二歳がピークだった

                 鶴さん)

虚構の中のリアルこそ、文學だ!:密告 倉橋由美子

「パルタイ」所収 新潮文庫

 

「文學界」に昭和三十五年八月号に発表

された作品。解説の森川達也氏によれば、

ジャン・ジュネを摸作したと云う。が、

ぼくもジャン・ジュネは昔、読んだが、

嫌いだった。倉橋氏の作品も、どうも

意味が解らないので、正直、好きか

どうかも判らない。なんかおもしろいとは

思うが。呪文を読んでいるようで、いさ

さか、本当に意味するところと云うものが

解らない。とても大切な、でも、ひと言では

言い表せない事を描きたいのは判る。

そして、P、Q、やしと云った登場人物は確か

に、現実の世界では存在し得ない。しかし、

柔らかな手触りでもって、〈虚構の中のリアル〉として

存在し続けるのだ。

これにて、「パルタイ」は読了です。

いや、手ごたえ充分、文學の神髄に触れた

気が致しました。

 

(読了日 2026年4・16(木)18:50)

  (ふぅぅぅ、なんだかいい意味で疲れた

               鶴くんでした)

リアルとは「死」であると云う人の本を我々は読んでみるのであった:リアルであること 中沢新一

幻冬舎文庫 1994年

 

中沢氏のリアルとは、「死」であると云う。チベ

ットに行き、修行もしていたそうだ。「エロス」

と「タナトス」の話が一番面白かった。今の

時代はどうなんでしょうね。女の人なんかは、

けっこう「エロス」の人も、多そうですが、

男はもう大抵「タナトス」の人になってしま

っているんじゃないでしょうか。ぼくは、完全に

「タナトス」の人です。でも、「死」と云うもの

は実際、あまり感じられない。病気でもないし、

全然、健康で「死」を意識しろと云われても

難しい。健康だと、宗教もいらないのだな、

と思います。ただ、知識欲が凄く出てくるみた

いだ。この本は、そう云った知識のようなものは

刺激されて、とてもよかったです。よかった、と云

うのは思っていたような本であった、というような

意味だ。とても薄く、一時間文庫という一時間で

読み切れるという企画の下で作られたらしい。

量的にも丁度、負担にならない感じだ。

まあ、ぼくにとってのリアルは「生」そのもの

ですけどね。

 

(読了日 2026年4・14(火)21:44)

  (リアルとは、思考する事、鶴くんでした)

宇宙を舞台にした女性主人公のSF恋愛物語を我々は粛々と読むんである:スコーリア戦史 飛翔せよ、閃光の虚空(そら)へ! キャサリン・アサロ

中原尚哉・訳 ハヤカワ文庫 1999年

 

この本作が「スコーリア戦史」シリーズ

の第一作で、デビュー作に当たるという。

女流作家で、うーん、SFで女かあ、と思

ってしまったが、ジャグ戦士ソースコニー

は女性の主人公。スペースオペラとあって、

そこに、ニューが付く。宇宙を舞台にした

恋愛劇でもある。いや、SFで、スケベな

描写とか勘弁して欲しい感じはあるが、

発表されたのは95年。30年も前の作品。

今も書き継がれているらしく、それはいか

ようになっているのかは全く判らない。

もう一冊、持っているので、シリーズもの

引き続き、読んでいこうと思う。

ソースコニーのイメージとアサロさんの

若い頃は、どこか似ているような気がする。

だから、リアリティがあったんだろうね。

 

(読了日 2026年4・11(土)1:40)

     (恋愛劇はちょっと苦手な鶴くん)

 

美食と脳の幸福:食べてびっくり 森須滋郎

新潮文庫 1980年

 

「四季の味」編集長が描く美食とは? 美味しい

にも百通りのおいしいがあるように、百人が百様

の味の好みがある、と同時に、確かにおいしい、

と感じる味と云うものもあるようだ。その様式

とか、料理の出し方だけで味が変わってきて

しまう、ということもあるだろう。ぼくは、

この文學めしが好物で、活字めしとも言っている

が、舌で味わうのではなく、脳で味わうこれが

大好きだ。美味しい話を読んでいるだけで、幸せ

な気分になってくる。そして、初遭遇の森須氏は

脳を楽しませる達人とみた。森須氏は1995

年に亡くなっている。RIP。

 

(読了日 2026年4・8(水)18:10)

(活字めしで腹はいっぱいにならないけど、文學で

         めしを食いたい鶴くん)